No.03 _ 患者さんの思い・家族の苦渋

 

 

 

 

 

「先生、私、仕事辞めました」

 

 

 

認知症の母親と二人暮らしのAさん(40歳代女性)は、

 

 

長年、地元の中小企業で事務員として働きながら、

 

 

ここ数年は母親の介護を続けてきました。

 

 

Aさんが仕事に出ている間、母親はデイサービスで過ごし、

 

 

夕方16時半頃に家に戻った後は、

 

 

一人でAさんの帰宅を待つという生活をしていました。

 

 

 

しかし、ある日、Aさんが仕事から戻ると、母親の姿が見当たりません。

 

 

真っ青になって家を飛び出すと、

 

 

幸いなことに家からほど近くのところで、

 

 

ぼんやりと立ち尽くす母親を見つけることができました。

 

 

Aさんは感情を抑えきれず、つい母親を叱りつけました。

 

 

「デイサービスから帰ったら、絶対に家から出ないでね!」

 

 

 

ところが、です。

 

 

 

次の日も、またその次の日も、

 

 

Aさんが帰宅すると母親はいませんでした。

 

 

「母に徘徊が始まった…」

 

 

Aさんは途方に暮れました。

 

 

「母親をできるだけ一人にしないように」と、毎日、懸命に仕事に取り組み、

 

 

可能な限り早めに切り上げて、遅くとも18時には家に帰る努力を続けていました。

 

 

駆け足で家に戻った後は、

 

 

食事の支度をし、母親に食べさせ、お風呂に入れて、パジャマを着せて、寝かしつけをしていました。

 

 

 

Aさんが眠りにつけるのは日付が変わってからです。

 

 

加えて、朝の慌ただしさも過酷なものでした。

 

 

自分の支度をしながら、なかなか動こうとしない母親をせき立て、

 

 

着替えさせ、食事を食べさせます。

 

 

そして、デイサービスのお迎えを待つばかりにしてから、

 

 

やっとの思いで会社に出勤していました。

 

 

 

 

週末を迎えると、Aさんはホトホト疲れ切っていましたが、

 

 

だからと言って休むことはできません。

 

 

食事や排泄の面倒は休日でも関係なくあります。

 

 

ゆっくり寝ているわけにはいきませんし、

 

 

一人になりたくてもなれません。

 

 

 

 

Aさんは繰り返されるそんな日々に限界を感じていました。

 

 

 

Aさんは一人っ子で、独身。

 

 

親戚などは遠方に暮らしているため、頼る身近な人がいません。

 

 

 

そのような中、

 

  

「施設に入るのは絶対に嫌!」と言っていた母親に徘徊が始まったとき、

 

 

Aさんは離職を決意したのです。

 

 

 

 

 

■ 決して稀な事例ではありません

 

この物語を聞いて、みなさんはどのような感想をお持ちになったでしょうか?

 

 

母一人、娘一人、頼る身内もない、という特殊なケースとして受け止められたかもしれません。

 

 

しかし、こうした事例は決して稀なものではありません。

 

 

また、「家族が多ければ解決する」といった単純な問題でもありません。

 

 

家族の成員はそれぞれ、

 

 

家庭、学校、職場、地域社会の中でいろいろな役割を担っています。

 

 

そして、日中、場合によっては夜も、皆それぞれの持ち場に散らばっていきます。

 

 

家に残るのは、高齢者、乳幼児、その保護者(多くは母親)、心身の調子が思わしくない方となり、

 

 

どの家庭も介護要員がいるわけではないのです。

 

 

家族が無理することなく、そして、窮地に陥ることなく、

 

 

平穏無事な生活を送るためにすべきことはなにか?

 

 

それは、

 

 

「地域や社会と繋がる」こと

 

 

すなわち、第三者に頼ることです。

 

 

 

 

 

■ 地域包括支援センターを利用する

 

では、どこに頼ればいいのでしょうか?

 

 

頼るべき場所は「地域包括支援センター」です。

 

 

地域包括支援センターは、

 

 

保健師、社会福祉士、主任介護支援専門員という介護の専門職が配置され、

 

 

地域の高齢者の生活支援を目的とする機関です。

 

 

認知症介護の関連で申し上げれば、

 

 

介護保険制度や介護サービスに関する情報の集積地であり、

 

 

介護保険申請などのサポートも行っています。

 

 

 

認知症は進行性の疾患であり、心身は必ず衰えていきます。

 

 

 

ですので、初期の段階から地域包括支援センターと連絡を取り合い、

 

 

さまざまな情報を入手しながら、

 

 

介護の負担に押しつぶされないよう、

 

 

介護サービスをしっかりと活用する必要があります。

 

 

難しく考える必要はありません。

 

 

地域包括支援センターは相談業務も担っていますので、

 

 

少しでも気になったり、不安に思うことがあれば、まずは電話をかけてみましょう。

 

 

第三者(しかも、介護の専門職の方!)に話を聞いてもらうだけでも、

 

 

家族は精神的にずいぶん楽になるはずです。

 

 

また、介護保険制度がどのように運用され、

 

 

どのようなサービスを利用することができるのかを知ることは、

 

 

家族にとって重要な安心材料の1つとなるでしょう。

 

 

 

 

前述したAさんのケースにおいても、

 

 

Aさんは地域包括支援センターに相談し、

 

 

介護保険の申請やデイサービス利用導入などのサポートを受けていました。

 

 

そして、母親の認知症の進行に沿って、

 

 

デイサービスの利用回数を徐々に増やしながら、何とか持ちこたえていました。

 

 

ただ、母親の徘徊が出現したことで、それまでの対応では立ちゆかなくなった結果、

 

 

Aさんは仕事を辞め、家に入ることを選びました。

 

 

Aさんの場合、介護サービスのさらなる利用拡大、

 

 

すなわち「施設への入所」という選択肢も、私はあったと思います。

 

 

しかし、母親の「施設に入るのは絶対に嫌!」という思いに逆らうことができなかったのです。

 

 

 

 

 

■ 認知症患者さんが施設入所となる要因

 

ここで、認知症の患者さんが自宅での生活が難しくなり、

 

 

施設へ入所せざるを得なくなる要因について見ていきましょう。

 

 

要因は主に次の3つです。

 

 

 

 

① 夜間の不眠・不穏

 

家族の睡眠が妨げられ、消耗が著しくなり、精神的肉体的にきつくなります。

 

特に昼間に仕事などの用事を抱える人にとっては、安全性や生産性といった大変重要な問題に関わってきます。

 

 

 

 

② 排泄の問題

 

認知症の進行とともに失禁はどうしても起こってきます。

 

そして、以下のような状況が重なれば、家族の負担はとても大きくなります。

 

 

・おむつの装着や取り換えを拒否する

 

・おむつをしっかり装着できずに衣類や寝具を汚す

 

・汚れたおつむをタンスや押し入れに隠す

 

・トイレで適切な排泄動作ができないために、

 便器やトイレ内を汚す

 

・便や汚れたおむつを自分で何とかしようとして、

 かえって家中を汚染する

 

 

排泄の問題は家族にとって物心両面で大きなストレスとなります。

 

 

家の中が便で汚染されれば、それを放っておくことはできません。

 

 

 

 

③ 認知症に伴う行動・心理症状(BPSD)

 

Aさんの例のように徘徊もその一つです。

 

その他に幻覚・妄想、易怒、攻撃性、不安・焦燥、意欲の低下などがあります。

 

患者さん本人もつらい状況に追い込まれますが、家族も対応に苦慮します。

 

そして往々にして、お互いの関係が悪くなり、

 

一緒に暮らしていくことが苦しくなります。

 

 

 

 

以上の3つの要因それぞれが在宅療養を難しいものにしますが、

 

 

しばしばこれらの要因は重なって生じるため、さらに事態は困難になります。

 

 

このとき、家族は「施設への入所」を決断する必要性に迫られます。

 

 

 

 

 

■ 患者さんは施設入所に抵抗する

 

一方で、施設入所に対する患者さんの思いはどうでしょうか?

 

 

これはほぼ例外なく、最期まで自宅での生活を望み、施設への入所を拒みます。

 

 

当然のことですが、

 

 

いろいろな思いの詰まった我が家を離れることは容易ではありません。

 

 

また、人は変化よりも維持を好むものです。

 

 

認知症の患者さんでなくても、

 

 

未知の場所で暮らしていくことに不安を感じない人はいないでしょう。

 

 

こうした患者さんの思いを考えれば、

 

 

家族はなかなか施設入所を決断することはできません。

 

 

私のクリニックでも、

 

 

介護で心身共にクタクタになっているにも関わらず、

 

 

施設入所に踏み切ることのできない家族をたくさん見てきました。

 

 

まさに苦渋の選択であり、家族は八方塞がりです。

 

 

 

 

 

■ 施設入所はそれほど悪いこと?

 

ここで今一度、考えていただきたいことがあります。

 

 

果たして施設入所はそれほど悪いことなのでしょうか?

 

 

実は、

 

 

在宅療養にこだわることが、患者さんにとってかえってマイナスになる

 

 

こともあります。

 

 

患者さんの生活能力が落ち、

 

 

それをカバーするだけの介護力がない場合(介護力ギャップ)

 

 

患者さんは、どうしても活動量が落ちてしまい、

 

 

その結果、生活能力の低下に拍車がかかります。

 

 

いったんそのような悪循環に陥ってしまうと、

 

 

在宅療養を続けることでかえって有意な生活を損なってしまいます。

 

 

また、患者さんは自分の置かれた状況を明確には理解できませんし、

 

 

現状と新しい生活とを比較検討して、判断を下すことは困難です。

 

 

患者さんの残された日々を思えば、

 

 

患者さんの思いをそのまま受け入れることが決して正解であるとは言い切れません。

 

 

家族がイニシアチブをとって、

 

 

患者さんの不安を最小限に抑える努力をしながら、

 

 

患者さんにとって最善と思える暮らしを、

 

 

そして、家族にとって納得のいく選択をすることが肝要であると、私は考えます。

 

 

やや極論に聞こえるかもしれませんが、

 

 

在宅か? 施設か?ではなく、

 

 

自宅を施設化するか?(つまり、介護力ギャップが生じないよう、患者さんの衰えに併せてサポートを強化する)

 

 

もしくは、施設への入所を選ぶか? ということだと思います。

 

 

 

 

 

■ 最期をどこで暮らすか

 

人は誰しもどこかで暮らしていかなければなりません。

 

 

そして、最期をどこで暮らすか。

 

 

人生を全うするためには、

 

 

施設での生活を含めた「最期の暮らし」をしっかりと考える必要があると思います。

 

 

納得のいく「最期の暮らし」のために、

 

 

柔軟な選択ができる世の中であってほしいと願います。

 

 

 

 

最後に、私がかつて勤めていた特別養護老人ホームでのエピソードをひとつご紹介します。

 

 

 

 

その施設では、患者さんが亡くなり家族に伴われて自宅に帰るとき、

 

 

同じフロアに暮らす他の患者さん達もスタッフと一緒にお見送りすることにしていました(もちろん任意で)

 

 

ご遺体に頭を垂れて合掌する方、ひと言声をかける方、涙を拭う方…。

 

 

患者さん達の示す、一緒に暮らしてきた仲間への思いに、私は毎回感銘を受けておりました。

 

 

その厳かで心温まる光景は、患者さんがお亡くなりになる前、

 

 

その方なりの「最期の暮らし」が確かにこの施設のなかにあったことを、

 

 

家族にもしっかりと伝えていたのではないかと思います。

 

 

 

 

 

  

たまゆらメモリークリニック 小粥正博

 

 

 

>> 04_夫の介護は危うい を読む

 

 

 

  

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