No.06 _ 高齢者の危うさ ~地域社会の中で~

 

 

 

 

 

 

 

これだけ啓発活動が行われていても、オレオレ詐欺(特殊詐欺)の被害は一向になくなりません。

 

 

それは、犯人グループが仕掛けてくる“心理戦”に高齢者がなかなか対抗できないからです。

 

 

犯人グループはターゲットとなる高齢者に対し、子や孫を装い、突発的にふりかかった大きな問題の解決のために多額の現金が必要であることを伝えます。

 

 

そして、時間が切迫していることを告げるのです。

 

 

これは、高齢者を心理的に動揺させ、思考力を奪うことを目的としています。

 

 

だから金額は多額であり、時間はもうない、となるのです。

 

 

「子や孫を何とか救いたい」と情に駆られ浮き足だってしまった高齢者が、犯人グループの戦術から抜け出すのは容易ではありません。

 

 

さらに、お金の受け渡しに際しては、また別の人間が現れたりしますから、子や孫が属する組織全体の問題のように感じられます。

 

 

こうして、より強固に状況を信じ込まされることで、「子や孫を守ってくれ」と、

 

 

犯罪者に頭を下げてまでお金を渡すという、滑稽極まりないことになってしまうのです。

 

 

“本人の対応力だけに期待してはいけない”

 

 

特殊詐欺を未然に防ぐには、これが原則です。

 

 

「私は大丈夫だ」と胸を張る人ほど危険です。

 

 

世の中、完璧な人などいません。

 

 

自分の人間としての弱さを認識できないということは、自分を客観視することができない、

 

 

すなわち、自分のメタ認知の障害を公言しているようなものです。

 

 

ことが済んだ後になっても騙されたことに気づかない、あるいは、騙されたことを認めようとしないといった哀しいことになってしまうのは、このようなタイプの人ではないかと私は思っています。

 

 

高齢者を特殊詐欺から守るためには、環境を整備することがまずもって大切になります。

 

 

具体例を挙げれば、

 

 

登録した人からの電話にだけ着信音が鳴る設定にする

 

 そもそも固定電話を辞める

 

 通帳・印鑑は家族が預かる

 

 玄関のインターフォンを家族のスマホと連動させる

 

 

などがあります。

 

 

そして、何よりも重要なのは、日頃から子や孫を含め家族同士でコミュニケーションをとる、ということです。

 

 

 

 

 

 

■ もっと身近な経済被害の物語

 

これからお話しすることは、さらに身近に潜む危険性についてです。

 

※以下の話は個人が特定されないよう内容の一部を改変しています

 

 

私の外来に通うA子さんは85歳の女性。多少のもの忘れはあるもののなんとか一人暮らしを送っています。

 

 

ただ、3年前に転倒して右大腿骨を骨折してしまい、それ以来、歩行が不安定になり、外出時にはシルバーカーを用いています。

 

 

A子さんには同じ市内に暮らす長女がおり、週末になると部屋の片付けや買い物のサポートに来てくれます。

 

 

A子さんの近所にはBさんという70代の女性がいます。一昨年に旦那さんを亡くし、Bさんも一人で暮らしていました。

 

 

同じような境遇ということもあって、二人は意気投合し、BさんがA子さん宅にしばしば訪れるようになりました。

 

 

「私が付き添ってあげるわよ」とBさんが気さくに声をかけてくれたため、A子さんはより頻繁に外出できるようになりました。

 

 

近くのコンビニに付き添ってもらった際には「いつもお世話になっているから」とお菓子やジュースなどをBさんに買ってあげるようになりました。

 

 

 

 

…これが始まりでした。

 

 

 

 

お菓子やジュースは、やがてお弁当になり、Bさんのお孫さんのお土産になっていきました。

 

 

さらに、街中のデパートに出かけた際には、バッグや洋服になっていきました。

 

 

それでも、お人好しでもの忘れのあるA子さんには「Bさんにお金を使い過ぎている」という感覚がありません。

 

 

ついには、一緒に銀行へ行ってお金を引き出し、Bさんに現金を渡すまでになっていったのです。

 

 

 

 

ある日、長女がA子さんの預金通帳を見て、おかしなことに気づきました。

 

 

最近になって頻回にお金が引き出され、残高が激減していたのです。

 

 

不審に思った長女はA子さんに問い正しましたが、残高が減っていることすら把握できていなかったため、さらに心配になりました。

 

 

長女がA子さんを訪ねたある日の帰り際、たまたま通りがかった近所の人に挨拶をしたところ、

 

 

「ところで娘さん、ご存じですか?」と声をひそめて話しかけてきました。

 

 

Bさんが頻繁にA子さん宅を訪れ、この頃はタクシーで出かけ、デパートの手提げ袋を持って帰ってくる、とのこと。

 

 

 

 

 

 

■ 母は巻き上げられている

 

長女はピンときました。

 

 

次の週末、長女はできるだけさりげなくBさんについての質問をしました。

 

 

A子さんはさらりと「Bさんはいつもお世話になっている方よ」と答えました。

 

 

「買い物にも一緒に行ってもらってるの?」

 

 

「そうよ。重い荷物を持ってくれて、本当に助かるの」

 

 

「ちゃんとお礼してる?」

 

 

「暑い日なんかは、ジュースとか買ってあげてるわ」

 

 

「そっか、でもこれからは私と一緒に行こうね。Bさんに悪いから」

 

 

「でも、あなたは週末にしか来れないでしょ? 急にちょっとしたものが欲しくなることがあるのよ」

 

 

「ちょっとしたものって何?」

 

 

「ちょっとしたものは、ちょっとしたものよ」

 

 

会話がトゲトゲしくなってきましたが、長女は思い切って通帳の話を切り出しました。

 

 

「私のお金をどう使おうと私の勝手でしょ。あんたは余分な口出しをしないで」

 

 

予想以上に激しく怒り出したA子さんを見て、その場は矛を収めるしかありませんでした。

 

 

「母はBさんに巻き上げられている…」

 

 

長女は確信しました。

 

 

そして、Bさんとの関係を清算しなければ、とんでもないことになるという危機感を抱きました。

 

 

 

 

 

■ 豹変したA子さん

 

長女は、Bさんのことを教えてくれた近所の人に協力を仰ぎ、二人がタクシーで出かけたら連絡してもらうようにしました。

 

 

数日後の朝、連絡を受けた長女はタイミングを見計い、A子さんの自宅で二人の帰りを待ちました。

 

 

A子さんとBさんは昼過ぎになって帰ってきました。

 

 

「おかえりなさい」

 

 

Bさんの表情が一瞬こわばったことを長女は見逃しませんでした。

 

 

長女は慇懃に「母がいつもお世話になっております」と頭を下げ、

 

 

「買い物にまで付き添っていただき、本当に申し訳ありません」と、Bさんの持つデパートの手提げ袋に目をやりました。

 

 

 

 

次の瞬間、予想外の展開が待っていました。

 

 

長女の意図を感じ取ったA子さんが豹変したのです。

 

 

「あんた、何しに来たのよ。私たちを待ち伏せするようなことをして。Bさんは親切で私に付き添ってくれてるのよ」

 

 

A子さんはつかみかからんばかりの勢いで長女に迫りました。

 

 

その猛烈な剣幕に圧倒されて、長女は黙るしかありませんでした。

 

 

「母とBさんとの関係を終わらせるつもりで乗り込んだのに、母との間にしこりを残す結果となってしまうなんて…」

 

 

長女はすっかりうなだれてしまいました。

 

 

 

 

 

■ 寂しさを癒す存在

 

骨折で歩行がおぼつかなくなったことをきっかけに、社会的な交流が乏しくなったA子さんにとって、

 

 

現時点で親しい付き合いがあるのは、Bさんだけです。

 

 

優しく声をかけてくれて、不自由な身体をいたわり、お出かけのサポートまでしてくれる。

 

 

周囲から見れば、かなりいかがわしい存在ですが、

 

 

A子さんにとっては、寂しさを癒してくれる唯一の存在です。

 

 

ですから、そうしたBさんに疑いの目を向けることは、A子さんにとって許しがたいことだったのです。

 

 

A子さんがBさんに使っているお金のこと(端から見れば被害にあっていること)にどれだけ自覚的であるかは定かでありません。

 

 

ひょっとしたら「正当な対価を支払っている」という認識だったのかもしれません。

 

 

いずれにしても、今のA子さんにとって最も大切なのはBさんの存在そのものです。

 

 

状況から察すれば、私も「長女の直感が正しい」と思います。

 

 

一方、Bさんにしてみれば、はじめは本当に良心からA子さんに声をかけ、いろいろなお手伝いをしていたのかもしれません。

 

 

そして、受け取った金品に対しても、はじめは多少の遠慮があったのかもしれません。

 

 

でも、孫に何度もお年玉を渡してしまう祖母のように、大盤振る舞いしてくれるA子さんを前にして、Bさんは欲望を抑えることが難しくなっていったのでしょう。

 

 

「これは正当な報酬である」と自分に言い聞かせ、次第に良心が鈍磨していったのだと想像します。

 

 

 

 

 

■ 共生社会の実現に向けて

 

今でもA子さんは長女に伴われて私の外来に通っています。

 

 

最近、A子さんはデイサービスの利用を始めました。

 

 

あの待ち伏せの一件以来、BさんはA子さんに近づかなくなったそうです。

 

 

結果的にすべては丸く収まったように見えますが、それでも長女は、なんとなく苦々しい思いを胸に抱えています。

 

 

A子さんとBさんの話は「どんな人も信用してはならない」といった、世の中の不安を煽る意図でお伝えしたのではありません。

 

 

ここで学ぶべきことは、「人は誰かとの親密な関係を欲する」こと、

 

 

そして、「そこにつけ込まれる隙が生じてしまう」ということです。

 

 

周囲から閉ざされた関係であれば、その内側で起こっていることは容易にはわかりません。

 

 

 

 

令和5年6月14日、参議院本会議において認知症基本法が可決・成立しました。

 

 

この法律の正式名称は「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」となります。

 

 

「共生社会の実現」

 

 

隣の人の暮らしぶりすらよくわからないこの世の中にあって、なかなか難しい課題だなと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たまゆらメモリークリニック 小粥正博

 

 

 

 

 

認知症専門/診療内科・老年精神科・精神科 たまゆらメモリークリニック

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