数多くの認知症の原因疾患がある中で皆さんにぜひ知ってもらいたいのが、「幻視を伴う認知症」として知られる【レビー小体型認知症】です。
感情の起伏が激しい、夜中に騒ぐ、自宅を認識できず「帰る」といって家を出て行こうとする…といった症状が出現することがあり、時に家族が対応にとても苦労する認知症です。
レビー小体型認知症が認知症全体に占める割合は、病理学的検討(死後、脳を解剖し診断を確定させる)ではおよそ20%といわれています。
しかし、当院ではその割合は30~40%にものぼります。
多岐にわたる症状をきたし、家族が対応に困り、医療機関に頼らざるを得なくなるために、当院のような認知症専門外来への受診割合が押し上げられているのではないかと考えます。
そこで今回は、このレビー小体型認知症の症状について詳しくみていきたいと思います。
■ レビー小体型認知症の中心的特徴
レビー小体型認知症も認知症の一種ですから、生活に支障をきたす進行性の認知機能障害があることが前提となります。
これが中心的特徴(必須症状)です。
アルツハイマー型認知症と違い、レビー小体型認知症の場合、初期には記憶の障害が目立たないことがあります。
一方、注意障害、視空間認知障害、遂行機能障害がしばしば認められ、これらは以下に述べる中核的特徴と深く関係しています。
この前提を押さえた上で、レビー小体型認知症に認められる症状について見ていきましょう。
まずは、中核的特徴と呼ばれる4つの症状です。
※前回の私のブログ記事[認知症をざっくりと理解する]の中で、紹介した「中核症状」(脳の障害によって引き起こされる認知機能障害そのもの)と混同しないよう注意してください
■ 4つの中核的特徴
レビー小体型認知症によく認められる特徴的な症状は以下の4つです。
①~③は典型的には早期から出現し、臨床経過を通じて持続します。
また、4つのうち2つ以上の症状が認められると、レビー小体型認知症との診断がつきます。
❶ 認知機能の変動
❷ 幻視
❸ レム睡眠行動異常症
❹ パーキンソニズム
では次に、①~④のそれぞれの項目が具体的にどの様な症状を指すのか見ていきましょう。
❶ 認知機能の変動
簡単にいうと「調子がいいときと悪いときのギャップがある」ということです。
調子が悪いときはぼーっとしていて「心ここにあらず」といった状態になります。
このような状態では記憶力、理解力、判断力を発揮するのは難しくなりますし、視覚、聴覚といった感覚は誤作動を起こしやすくなります。
ですから普段できていることができなくなります。
例えば、「急に車のエンジンがかけられなくなった」、「何度も通った場所で道に迷った」といったことが起こります。
パニックに陥りやすい、すぐに感情的になる(しばらくするとケロッとする)、顔つきが違う時がある、話がかみ合わないことがある、といった症状も認知機能の変動を示している可能性があります。
普段の様子からは考えられない失敗を目の当たりにすれば、家族は心配になりますから医療機関を受診します。
ところがいざ診察になると、医師の質問にスラスラ答え、長谷川式などの認知機能検査で満点に近い成績を取ったりします。
その結果、医師からは「特に問題は認められません。ご家族の心配のし過ぎですよ」と言われて経過観察となり、家族は首をひねりながら帰宅するということになります。
ごく初期の段階ではこのようなことも起こり得ます。
❷ 幻視
レビー小体型認知症の患者さんは、実際にはないものをありありとして見ています。
「誰かが家の中に入ってくる」「あれ、今までここにいた人はどこへ行ったの?」「換気扇の隙間から人が覗いている」「隣の家の屋根の上に人がいる」…などなど。
人それぞれに様々な、そして、おおよそ決まったパターンの訴えがあります。
またこれらの幻視は、夕方から夜にかけて出現することが多い傾向にあります。
独り言もレビー小体型認知症の患者さんによく認められる症状です。
誰かに向かって語りかけている様子であれば、現実には存在しない誰かが見えている可能性があります。
「虫がいる」といって殺虫剤を大量に散布する患者さんもいます。
もうひとつ「錯視」と呼ばれる症状があります。幻視と同様、視覚に関わる症状です。
「ソファが寝ている人に見える」、「生け垣が大勢の子どもに見える」、「廊下が水浸しだ」…など、患者さんはしばしば見間違いをします。
さらに、身近な人を認識できない(家族に対して急に敬語を使い出す)、自宅を認識できない(自宅にいながら「家に帰ります」と家を出て行こうとする)、家の中の配置がわからなくなる(夜中にトイレの位置がわからなくなる)といったことも起こります。
テレビ番組の世界と現実を混同する、鏡に映った自分に語りかける、なども視覚と関連した症状です。
こうした視覚認知に関わる症状はレビー小体型認知症の大きな特徴の一つです。
❸ レム睡眠行動異常症
レム睡眠のレムはRapid Eye Movementの頭文字を取ったもの(=REM)で、その睡眠期には文字通り眼球が急速に動いています。
この睡眠期に人は夢をみていることが多いと言われており、筋緊張が低下しているため通常は身体を動かすことができません。
しかし、レビー小体型認知症の患者さんは、この睡眠期のときに大きな声で叫んだり(寝言)、手足をばたつかせたり、夢と現実を混同したかのような異常な行動が認められることがあります。
何者かに襲われる夢を見て、隣で寝ているパートナーに暴力を振るってしまう事例もあります。
私の経験した症例では、手足をばたつかせた時にできた皮下出血がデイサービスの入浴時に見つかり、家族の虐待が疑われたこともありました。
レム睡眠行動異常症は認知機能障害の出現に先立って認められることがしばしばあります(認知症発症の10年以上前から認められることもあります)。
もうひとつ、睡眠・覚醒の問題に深く関係する異常な状態として「せん妄」があげられます。
「大腿骨骨折で入院した患者さんが夜中に不穏状態になり、大声を出して、点滴を抜いて暴れた」
こうしたエピソードが入院時せん妄の典型例です。
せん妄には軽い意識障害が伴っていると考えられています。
せん妄はレビー小体型認知症の患者さんによく認められる症状で、認知症の発症に先行して認められることもあります。
夜中に不穏状態が認められるレビー小体型認知症の患者さんについては、レム睡眠行動異常症、夜間せん妄のどちらが生じているのかを区別するのが難しい場合もあります。
いずれにしても睡眠・覚醒に関わる神経機構が誤作動を起こしていると考えられます。
私は入院歴のある患者さんには必ず入院経過中に混乱状態がなかったかを家族に聞くようにしています。
❹ パーキンソニズム
レビー小体型認知症では「パーキンソニズム」と呼ばれる運動障害が生じる方がいます。
パーキンソニズムとは、パーキンソン病のような症状、すなわち、動きが緩慢になる(動作緩慢)、動きが少なくなる(寡動)、安静時に手足が震える(静止時振戦)、手足や体幹がこわばる(筋強剛)、パランスが悪くなり転倒しやすくなる(姿勢の不安定性、繰り返す転倒)といった状態を指します。
パーキンソニズムがある患者さんの歩行は、前屈み、小刻み、すり足、腕の振りが小さい、一歩目が出づらい、歩き出すと突進するように早足になる、といった特徴があります。
バランスを崩すと防御姿勢を取ることができないまま転倒し、大腿骨骨折など大怪我を負ってしまうことがしばしばあります。
認知症の患者さんの既往歴に転倒・骨折などの大怪我があれば、レビー小体型認知症の可能性を頭に置く必要があると考えます。
さらに、パーキンソニズムに関連するもう一つの重要な問題は嚥下機能の低下です。
よだれが増える、なかなか飲み込めない(食事に時間がかかる)、むせやすい、食後に痰が増えるといった症状が認められます。
食事がうまく摂れなくて体重が減り、体力が衰えてしまう患者さんもいます。
誤嚥性肺炎を生じることもあり、これは予後に大きな影響を与えます。
■ レビー小体型認知症の支持的特徴
中核的特徴のように診断基準に含まれるものではありませんが、レビー小体型認知症でよく認められる症状として支持的特徴というものがあります。
支持的特徴からレビー小体型認知症を疑い、診断に結びつくこともありますので、私は中核的特徴と同様、家族からしっかりと聞き出すことを心がけています。
支持的特徴は以下のものが挙げられます。
◆ 抗精神病薬に対する過敏性
◆ 姿勢の不安定性・繰り返す転倒
◆ 失神・一過性の無反応状態
◆ 高度の自律神経症状
◆ 過眠
◆ 嗅覚鈍麻
◆ 幻視以外の幻覚
◆ 体系化された妄想
◆ 不安・うつ・アパシー
具体的に見ていきましょう。
◆ 抗精神病薬に対する過敏性
レビー小体型認知症において、幻視、妄想、易怒などの精神症状が認められる場合、治療の手段として抗精神病薬が選択される場合があります。
この時、注意しなければならないのは、抗精神病薬に対する過敏性があり、副作用が出やすいということです。
副作用には、強い眠気・意識障害、ふらつき・転倒、嚥下障害などがあります。
そもそも認知症患者さんは高齢者が多く、高齢者は薬に対する副作用が出やすいことを踏まえれば、必要時には抗精神病薬はごく少量から開始することが肝要です。
世の中には、抗精神病薬に対する根強い抵抗があることは承知しておりますが、ごく少量の抗精神病薬がレビー小体型認知症の精神症状に効果を発揮することもありますので、かたくなに遠ざけるべきではないと考えます。
レビー小体型認知症の患者さんでは、抗精神病薬以外にもいろいろな薬に対する過敏性が認められることがあります。
抗認知症薬もその1つです。抗認知症薬の使用時に嘔気・嘔吐が出現し、中止せざるを得なくなる場合があります。
そのほかにも睡眠薬(幻視が出現)、総合感冒薬や酔い止め(フラフラになる)などでも副作用が出やすい方がいます。また、貼り薬でも皮膚がかぶれやすい患者さんが多い印象があります。
◆ 姿勢の不安定性・繰り返す転倒
前屈みになる(前傾・前屈姿勢)、身体が左右どちらかに傾く、頭が垂れ下がる、など姿勢が悪くなる患者さんがいます。
こうした姿勢異常は、起立歩行時の転倒につながり、怪我をする可能性が高まります。
◆ 失神・一過性の無反応状態
急に倒れる、呼びかけても返事がないといったことが起これば、周囲は驚いて救急車を呼びますが、病院に着く頃には意識は回復し、診察、検査(心電図、頭部CT、血液検査など)の結果を見ても特に異常は認められないケースがあります。
患者さんによってはこうした一過性の意識消失発作を繰り返すことがあります。
一方、意識消失発作を伴う疾患として「てんかん」があります。
レビー小体型認知症における失神とてんかんによる意識障害の鑑別は難しいことがしばしばあり、レビー小体型認知症にてんかんが合併するということも起こりえます。
◆ 高度の自律神経症状
頑固な便秘、下痢、起立性低血圧(立ちくらみ)、めまい、失禁、頻尿、発汗異常(体温調節障害)、血圧の変動、動悸、息苦しさ、食欲不振、異常な食欲亢進、肩こり、易疲労、など、自律神経にかかわる様々な症状で患者さんは悩まされます。
自律神経の問題は患者さんの生活の質(QOL)を大きく損なうことがあるため見過ごすことはできません。
頑固な便秘は患者さんを苦しめ、情動の不安定さに繋がることもあります。
また、便秘、失禁など排泄の問題は家族にとっても大きな負担になります。
先に挙げた失神も迷走神経という自律神経が誤作動を起こし、急激に血圧や心拍数が低下することによって生じているのではないかと考えられています。
レビー小体型認知症の患者さんは食欲が異常に亢進することがあります。
手当たり次第に食べ尽くす、冷蔵庫を漁るといった状態になり、家族は呆れてしまいます。
このような症状は、自律神経の一種である内臓の知覚が誤作動を起こし、お腹が満たされているにも関わらず空腹を感じているのではないかと私は考えています。
◆ 過眠
先に挙げたレム睡眠行動異常症と同様に、これも睡眠・覚醒の異常の一つです。
「日中、テレビを見ながらいつの間にか寝ている」、「昼間からベッドに入って寝ている」など、患者さんは強い眠気に襲われています。
一方、デイサービスなどの刺激のある環境では患者さんはそれほど強い眠気に襲われないようです。
そうしたこともあって、私はデイサービスの利用を患者さんに積極的に働きかけます。
ただ、その利用を拒む患者さんも多く、もどかしいところです。
レビー小体型認知症ではほかにも、むずむず脚症候群(なんとなく脚がムズムズして眠れない)、睡眠時無呼吸症候群(睡眠中に呼吸が断続的に停止する)といった睡眠・覚醒の問題を生じる可能性があります。
◆ 嗅覚鈍麻
臭いを感じにくくなる状態です。
認知機能障害が出現する前に生じることがあり、患者さんが嗅覚鈍麻を自覚していないこともよくあります。
鍋の焦げた匂いや排泄物の匂いに気づかないことで周囲が察知することがあります。
◆ 幻視以外の幻覚
視覚以外にも、聴覚、触覚、味覚、嗅覚など、様々な感覚において患者さんは幻覚を体験することがあります。
幻覚は言うなれば、感覚の入力・統合の誤作動です。「感覚が捏造されている」という表現が当てはまるかもしれません。
「誰かが呼んでいるから」と幻聴の指示に従って夜中に外へ出てしまう患者さんがいます。
虫の幻視がある患者さんが、その虫が「皮膚の中に入り込んでモゾモゾ動く」という幻触を訴えたことがありました。
疼痛性障害と呼ばれる疾患では、身体的な原因が十分に説明できない強い痛みの訴えがあり、その痛みのために日常生活に支障をきたします。
また、その痛みに対する過度な不安やとらわれが認められます。
レビー小体型認知症では、この疼痛性障害を呈する患者さんをしばしば認めます。
こうした患者さんを診察していると、痛覚の誤作動が症状の説明になるように感じます。
感覚が捏造されるのであれば、種々の感覚から成り立つ記憶についても患者さんの脳内では捏造が起こります。
それは作話、時に妄想と呼ばれます。
患者さんは嘘を言っているつもりは毛頭ありませんし、それどころか絶対的な事実と感じており、訂正不能です。
患者さんの頭の中には通常とはやや異なった独自の世界が構築されているのです。
従って、レビー小体型認知症の患者さんとは話が噛み合わないことがよく起こります。
症状が進行すると、自分だけの世界を一方的に語り、「何を語っているのか理解不能」という状態になります。
◆ 体系化された妄想
幻視を体験している患者さんが、その体験に被害的な意味づけをする妄想がよくみられます。
「男が入ってきて部屋の中のものを動かした」といった幻視に伴う妄想が生じると、やがて、生活上の不都合な出来事は全てその「男」の仕業になります。
妄想に取り憑かれた患者さんは妄想と現実が入り組んだ厄介な世界で暮らさなければなりません。
いるはずのない人(亡くなった人の存在など)がいるように患者さんが語ることもあります。患者さんはその人の存在を確信しています。
これは、実体意識性と呼ばれる症状で、なかでも「幻の同居人」と呼ばれるものがあります。
家の中(時にありもしない屋根裏部屋など)に家族以外の誰かがいることを確信しており、その人たちのために患者さんは食事や寝床を用意することがあります。また、「もうすぐ帰ってくるから」と玄関にスリッパを並べる患者さんもいます。
かつて大家族で暮らしていた頃の記憶が呼び戻されているのだと周囲は考えてしまいますが、患者さんはその存在をリアルに感じており、記憶の障害だけで説明することはできません。
◆ 不安・うつ・アパシー
うつ状態がレビー小体型認知症に先行することはよくあります。
精神科でうつ病と診断され経過をみていた患者さんが、次第にレビー小体型認知症の症状を呈してくることもあります。
不安には、幻覚妄想によって引き起こされるもの(侵入者に対する不安があるため何度も戸締まりを気にするなど)と、「自分が自分ではなくなってしまう」といった実存的な不安があります。
患者さんは混乱状態に陥りやすく、いったん混乱状態に陥ってしまうと自分で自分をコントロールできなくなります。
その時、少しでも自分を客観視できる患者さんは、「自分が自分でなくなってしまう」という恐ろしい体験としてこの混乱状態に陥った状況を語ってくれます。
これまで見てきたとおり、レビー小体型認知症では、睡眠覚醒、自律神経、感覚神経、運動機能など脳神経の広範な活動において誤作動が生じ、多岐にわたる全身の症状が引き起こされます。そして、その症状は変動します。
私たちと同じ生活空間に身を置いていても、患者さんは時に外界を違う感覚で捉えていることがあるように感じます。
■ レビー小体型認知症の診断に行き着くために
以上、教科書やガイドラインを読むだけでは見えてこないレビー小体型認知症の症状を、私の臨床経験を加味して解説させていただきました。
レビー小体型認知症の診断に行き着くために、医療者は、レビー小体型認知症の可能性を疑いながら診察を進めること、そして、家族から症状を丁寧に掘り起こしていく必要があります。
また、その聞き取り方にも注意が必要です。
家族は患者さんの言動を症状として認識していないことがよくあるからです。
例えば、実際は亡くなった母親を見ている(幻視)にも関わらず、患者さんが故人との思い出を語っている(記憶の問題であって、幻覚・妄想などとは思いもよらない)と家族が解釈すれば、そのエピソードを医療者には伝えてはくれません。
この場合では、「すでに亡くなっている人があたかも存在しているかのように語ることはありませんか?」といった聞き方が必要となります。
外来診療の中でレビー小体型認知症を掘り起こすのは容易なことではありません。
実際、多くのレビー小体型認知症の患者さんが見逃されています。
私自身、認知症専門のクリニックを開業し、多くの患者さんやご家族の話を掘り下げて聞かせてもらうことで、レビー小体型認知症に対する感度が高くなったと感じています。
私の経験を患者さんとそのご家族、介護・医療関係者のみなさんと共有できればと思っています。
最後に1冊の本をご紹介します。
レビー小体型認知症と診断された当事者である樋口直美さんによって書かれた『誤作動する脳』(発行:医学書院)です。
目の前の患者さんに何が起こっているのか?
そして、どのような困難を抱えているのか?
私はこの本によって決定的に理解が深まったと感じています。
まさに目から鱗が落ちる記述の連続で、大変な病状を抱えながらこの本を執筆してくださった著者に感謝の気持ちを抱きながら読ませてもらいました。
レビー小体型認知症を理解するために欠くことのできない大変貴重な本です。
ご一読を心からお勧めいたします。
たまゆらメモリークリニック 小粥正博